COP21のパリ協定を巡る国内のせめぎ合い

               

                    安井 至  親和会元副会長
                  (一財)持続性推進機構・理事長



 昨年12月12日に合意された”パリ協定”を巡って、日本国内で、若干のせめぎ合いが行われつつある。特に、経済産業省と環境省の合同委員会で、かなり強烈な綱引きが行われたとのこと。極めて単純に考えれば、「経済優先主義者vs.環境優先主義者の綱引き」である、と思われるかもしれないけれど、実情は、ちょっと違うように思える。むしろ、「日本国内閉じ籠り経済派vs.東南アジア経済圏派の戦い」とも表現できるし、「旧体制既得権益派vs.新規経済発展派の対立」とも言えそうに思える。

 さてこれがどのようなところで収まるのだろうか。パリ協定とは何か、についての再考察から、今後の環境エネルギー問題に関する、動向を予想し、あるべき方向性を考えてみたい。

 パリ協定を一言で表現すれば、すべての国を包含する初めての地球温暖化対応の枠組みである。1997年に決められた京都議定書の枠組みは、先進国のみに温室効果ガス(GHG=Greenhouse Gas)、主として二酸化炭素排出量の上限を定め、順守義務のある枠組みであった。京都議定書の最大の問題点は、中国や韓国、インドやブラジルなどが含まれていない枠組みであったため、今回のCOP21最大の目標が、すべての国が参加できる枠組みを作ることであった。そして、それが苦労の末、実現できたものがパリ協定である。

 途上国を含む枠組みを作る場合には、京都議定書のような排出量に上限を定めるという方法では無理である。なぜならば、現時点までの経済成長理論では、ある国のGDPは、エネルギー消費量と比例関係にあることになっていて、エネルギーを化石燃料から得ている以上、GDPは二酸化炭素排出量とも比例関係にあることになる。途上国が経済成長をするには、二酸化炭素排出量を増やすことになるが、その上限を設定すれば、経済成長の上限を設定したことになって、これは途上国としては受け入れられないからである。

 そのために、ある工夫が行われた。COP21のために各国が提出する文書は、INDCと呼ばれた。すなわち、Intended Nationally Determined Contributionsの省略形であって、それぞれの国が自らできることを突き詰めて考え、その最善の(Ambitiousな)削減量を示すことが求められたのである。そのため、Annex Bに記載された国は、2025年もしくは2030年における削減目標値をピンポイントで示すことになり、それ以外の国では、すでに経済的に成長した中国や韓国を含めて、今後のGDPの拡大を推定して、その実現を前提として、排出量の上限値を示す方法となった。

 そして、日本は、2013年比で、2030年に26%削減というINDCを作成し、国連気候変動枠組条約事務局に提出した。COP21終了後にも提出した国があり、INDCのWebサイトによれば、現時点で、160ヶ国という数字が読める。

 さて、話題を最初に書いた「綱引き」に戻そう。実は、2030年目標の26%削減については、誰もが、これは日本が自主的に守ることを決めた約束だから、やはり「守る」以外の言い方は無いので、ここまでは合意されている。しかし、INDCにある記述の範囲を超えたパリ協定の合意について、様々な意見が出ているのである。

 まず、INDCは、2030年に目標を設定したが、パリ協定では、第4条に、「削減目標の進捗を報告し、約束案を5年ごとに見直す」という記述がある。この記述の意味するところは、実は、かなり影響が大きいのである。最初の見直しが2023年に、そして、次が2028年にあることになる。そこまでの排出削減実績を延長しても削減目標に到達しないようであれば、対策を見直すことになるからである。

 現時点で、国内における原発の再稼働は、微速前進といった状況で、なかなか進展していない。一方、石炭を燃料とする環境アセスが不要な小型発電所の申請が極めて多数が出されている。パリ協定を見て、一部の大手の企業は、例え建設が進んだとしても、2028年頃には、運転休止に追い込まれると考え始めているが、現時点で石炭火力による電力はかなり原価が安いので、現時点では十分に商売になると考えている企業が、いまだ主流である。パリ協定に基づく2023年、2028年の見直しを日本でも行うことになったら、その影響は大きい。そこで、パリ協定に書かれていても、INDCに書かれたこと以外の項目は無視をするべきだという主張が一部では行われている。「INDCだけ派」と呼ぶことにすれば、これは、冒頭で述べた経済最優先派とほぼ重なっている。

 一方、パリ協定の見直し条項は、できるだけ順守すべきだという意見も多い。この一派を「パリ協定遵守派」と呼ぶことにする。当然、冒頭で述べた環境優先派と重なるのだが、実際には、この派の内部でのスペクトルは相当に広い。未だに、少数意見であると思うが、個人的には以下のように考えている。

 「パリ協定というものは、先進国対途上国という激しい対立構造が厳然として存在する国際交渉の結果である、反パリ協定的な余りにも目立った行動をすると、途上国からの一斉反撃にあって、それが、日本の行う途上国での企業活動の阻害要因になる。これは、経済的にみてもデメリットしかない。今後、国内での経済発展が望めない国になった日本は、活躍の場をアジアなどに求める以外に方法はない。しかも、これは、単に日本経済にとってのデメリットだけではない。日本企業の良心的な経済活動は、途上国の貧困からの離脱を可能にする支援となる可能性が高い。そのため、地球全体のメリットという点からみても、日本の経済界は、反パリ協定的な態度を示すべきではない。
人類が引き起こした地球温暖化を解決することは、次世代に対する責任を果たすことである。特に、悪影響を与える海面上昇などに対して脆弱な国々の次世代に対する責任が重要である。すなわち、INDCという2030年ピンポイントの約束を単に数値として守るのではなく、その中間地点でも、実効的に排出量の削減を行うことも重要な責務の一つである。日本が2023年に行われるであろう排出量の見直しをしないと宣言したら、その国際的な悪影響は非常に大きく、例えば、海面上昇に対してもっとも脆弱な国家であるバングラデシュでの日本企業の活動は、ほぼ不可能になる。すなわち、人口減少のために、今や、国内の経済活動は縮小する以外にない国である日本として、アジア地域での経済活動への阻害要因になる。これをできるだけ回避することを優先すべきである」。

 冒頭述べたもう一つの対立構造の表現が、「旧体制既得権益派vs.新規経済発展派」であった。この構造は、今世紀において、「いつ、新規経済発展に向かうのか」という転換点先延ばし派とできるだけ早期実現派の対立である。

 2013年には、日本は鉱物性燃料、すなわち、化石燃料の輸入に27.4兆円を支払った。日本という国は、資源の無い国である。その悲哀を非常に長い間、味わってきた。特に、石炭文明から石油に変わってから、その悲哀が強くなった。第一次石油ショックが起きたのが1973年なので、まあ、1970年頃からそうなったと言えるだろう。すなわち、これまで45年間以上、資源価格変動によって、日本経済は揺すぶられ続けた。

 もしも、海外からの資源輸入に依存しない国になることができたら、なんと素晴らしいことだろうか。あの石油ショックを経験した世代には、このような強い思いが残っている。もしかすると、第二次世界大戦の開戦時に20才以上であった世代、現在95歳以上ということになるけれど、この世代の思いはさらに強いのかもしれない。なぜなら、第二次世界大戦は石油を巡る戦争だったからである。

 しかし、そのチャンスが来たのだ。しかも、それが達成できないと、いずれにしても、人類は21世紀を乗りきれないのだ。すなわち地球温暖化問題にとって究極の解である再生エネルギー100%は、日本にとっては、エネルギー自給と併せ、二重の意味を持った究極の解なのだ。

 それが究極の解だと分かっていても、全く未完成な技術に莫大な投資をすることは、余り正しい選択だとは言えない。少しずつ技術を進化させてコストを下げ、そして、次の開発投資を行う。こんな方法を選択することになる。そして、今は、リスクを最小化するために、このようなプロセスを多方面で、しかも、できるだけ多様に推進すべき時期なのである。

 このような一種の方向転換が本当に行われると、現在の「儲けの構造」が消滅することを意味する。当然やりたくはないが、莫大な投資をしなければならないということになる。投資家の多くは、「ROE重視」と主張し、短期的なリターンばかりを求めるので、長期的な投資は難しい。すなわち、こんな思いになる。「究極の解とかなんとかパリ協定派は言って、我々にやれないことをやれと言っている」。これが、旧体制既得権益派の主張の実体なのである。実に可哀想なのである。したがって、その可哀想さを、まずは、すべての日本国民は充分に理解しなければならないと思うと同時に、約300年間継続した化石燃料文明が終焉する今世紀が、日本経済のチャンスでもある、と思える経営者が増えて欲しいと、心の底から思うのである。

 一方、トヨタが昨年の秋に発表したチャレンジ2050は、優れた例だと思う。その基本にある状況認識は、「国際的に通用する自動車を製造する企業は、そのスタンスが重要で、出来る限りCO2排出量を削減するという姿勢を示さないと、その車を誰も買ってくれない」。だから、いくら困難であっても、それにチャレンジするということである。世界の強い会社のすべてが、このようなスタンスで、ビジネスを進めようとしている。

 そろそろ、日本国内の保守的企業も、チャレンジする姿勢を示してほしい。なぜなら、いくら抵抗しても、化石燃料商売は、2080年には地下に大量の化石燃料を残したまま、ほぼ消滅する。そして、化石燃料に依存する企業は、その生存のため、2040年代から、急激な転回を強いられる。今から、そのつもりになって準備を始めておかないと、その痛みはさらに大きなものになるからである。

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@ 昭和43年合成化学科卒  千葉 泰久(現親和会会長)
A 昭和42年化学工学科卒業 小宮山 宏(現三菱総合研究所理事長)
B 昭和39年合成化学卒  松田 臣平
C 昭和28年応用化学科卒  野々垣 三郎
D 昭和35年応用化学科卒  鬼塚 磐雄
E 昭和63年工業化学科卒  谷川 建一


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