人工光合成で世界最高効率達成

               ー 最近のエネルギー関係の話題 その1 ー

                    安井 至  親和会元副会長
                  (製品評価技術基盤機構・理事長)

 

 2014年11月21日に、日経新聞に掲載された情報です。 

 『東芝は太陽光と二酸化炭素などから燃料を作る次世代技術「人工光合成」で、世界最高の変換効率を達成する材料を開発した。変換効率は1.5%で、実用化に近づいた。
 半導体と金の触媒を組み合わせた。半導体に太陽光を当てて水から酸素と水素イオンを作り、触媒でCO2と水素イオンからCOを得る。COを処理すればメタノールなどの燃料が作れるという。太陽光エネルギーを燃料エネルギーに変換する効率は1.5%で植物の藻類に匹敵する。これまではパナソニックの0.3%が最高だった。
 実用化には10%の変換効率が必要だが、東芝は改良を進めれば実現できるという。長期間使っても効率を保つよう耐久性も克服する。』

  要約するとこんな記事ですが、これをどう思われますか。

 まずは、人工光合成という言葉 の定義が大問題です。現在、JSTのCRESTの一つの研究領域「二酸化炭素排出抑制に資する革新的技術の創出」の総括代表を務めておりますが、この領域 のアドバイザーを務めて頂いている五十嵐泰夫東京大学農学系研究科名誉教授にご意見を伺うと、「光合成とは、少なくともC−C結合ができて初めてこの言葉 を使うことができる。ギ酸ができたぐらいでは使うべきではない」。

 今回の人工光合成で得られる炭素化合物はCOで すから、ギ酸よりもやや低級ですね。本多−藤島効果の発見からの大きな進展が有ったと言えるのかどうか。この系統の研究は、堂免一成東大教授などで進化 し、平成15年12月から平成19年3月31日まで行われたJSTのSORSTの研究結果として量子効率が3%程度まで向上し、実用的な応用展開をある程 度視野に入れられる範囲に到達しつつある、と報告書に書かれています。
 
 五十嵐先生の人工光合成の定義が厳しすぎるとして、エネルギー獲得技術としてのこの手の技術に対して、どのような評価基準を設定して置くべきなのでしょうか。

 それには、いくつかの進行中の研究を参照することが必要のように思えます。

 例えば、2012年度「人工光合成化学プロセス技術研究組合」経済産省
   http://www.nedo.go.jp/content/100571793.pdf
 平成24〜28年度「人工光合成による太陽光エネルギーの物質変換:
 実用化に向けての異分野融合」文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究、
   http://artificial-photosynthesis.net/
 科学技術振興機構さきがけ「光エネルギーと物質変換」
   http://www.jst.go.jp/presto/chem-conv/
 などの研究が行われています。

 現時点では、要素技術の検討や、基礎科学的な興味からの研究が進行しているように思われます。

 一方、2050年を見据えた中長期的なイノベーション技術に関する報告書(日本エネルギー経済研究所)が経済産業省のWebに上がっています。
 http://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2014fy/E004231.pdf

 この報告書では、「人工光合成とは、太陽光のエネルギーを使って水から水素と酸素を製造し、製造した水素と二酸化炭素から有機物を触媒技術を用いて工業的に製造する技術等のことである」、と定義しています。 

 この定義ですと、まずは、太陽光のエネルギーをどのぐらい効率的に使うことができるか、そして、別の方法で作られる水素との競合が問題になりそうです。 

 太陽エネルギーの利用効率が重 要な理由は、太陽光を受けるために必要な面積を決めるからです。藻類は、その光合成効率が高いと言われていますが、太陽光の透過率のために培養槽の深さが 20cm程度に規定されてしまって、ある程度のエネルギーを得ようとすると、実に莫大な面積が必要になります。また、培養のための水を用意することも大変 です。コストを考えると、海水を利用する以外に方法はないでしょう。 

 太陽光は、最大1kW/平方米というエネルギー密度だと仮定して、1日の獲得エネルギー量としては5kWh/平方米/日程度が限界になりますが、雨や曇の日のことを考えると、年間300〜500kWh/平米の太陽光エネルギーを得ることができるでしょう。将来効率が10%になったとしても、平米あたりのエネルギー獲得量は、30〜50kWh/平米でしょう。しかも、高めの数値を実現するには、日本であれば、太陽の夏冬の南中高度を考えて、30度程度の傾斜を付けなければなりません。藻類の培養槽をどうやって傾けるのか。この問題も考える必要があります。 

 一方、太陽光電池の変換効率 は、すでに20%を超しており、傾けて設置することも非常に簡単です。となると、人工光合成の競争相手は、太陽電池が発生した電力で、水の電気分解によっ て水素を得る方法だということになります。風力発電で起こした電力も、当然、ライバルになります。不安定な電力を安定な二次エネルギーである水素に変換で きますから、大きな意義があります。 

 先日起きた太陽光による電力の固定価格買取制度(FIT)の騒ぎによって、現在の1kWhあたり32円といった価格なら、太陽光発電は投資額と同じぐらいの儲けを得ることができるということが分かりました。 

 このあたりの金額が、人工光合成の目指すべきコストを決めてしまいそうです。 

 ところが、実は、もっと厳しい競争条件があるようです。なぜなら、現時点でも、水素は大量に存在しているからです。 

 石油エネルギー技術センターの報告書によれば、
 http://www.pecj.or.jp/japanese/report/reserch/report-pdf/H15_2003/03cho1.pdf

副生する水素量は、年間で、化学業界だけで98億N立方米、それに鉄鋼業界から86億N立方米を加えれば、なんと合計184億N立米もあります。 

 ということは何を意味するのでしょうか。自動車用の水素燃料電池は、純度99.99%の高純度水素を必要とします。そして、2020年時点での燃料電池自動車の導入目標は500万台で、そのための水素需要は37.5〜61.7億N立米/年と予測されています。 

 このような高純度の水素を作るには、PSAなどの精製装置が使われますが、その際、25〜30%の水素回収ロスが発生すると言われています。しかし、現在の副生水素の存在量だけでも、十分に余裕があると言えるでしょう。 

 ということは、東芝が実用を目指すという2020年時点で、もしも燃料電池自動車が目論見通りに導入されたとしても、人工光合成の本当のライバルは、化学工業と鉄鋼業からの副生水素であるということになります。

 ということは、人工光合成の定 義を書き換えて、五十嵐先生の定義のように、C−C結合を含む化合物を合成できることとして開発の方向性を変えることになるのかも知れません。しかし、そ れは大変に難しいことで、やはり植物にまかせておくべき、という結論になる可能性もあります。 

 今回発表された新聞記事によれば、東芝は、効率10%に高め、実用化を目指すと言っていますが、例え、効率向上に成功したとしても、すでに存在している手強い相手をどう打ち破るかという難問が存在しているようです。 

 このような状況を見てみると、経済紙などの報道は、様々な状況をどこまで検討して書かれているのだろうか、といつでも疑問に思ってしまいます。

                                       以上

この投稿に対するご意見
@ 昭和35年応用化学科卒  鬼塚 磐雄

 

 


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